ブランディングをお手伝いする福岡のデザイン事務所|ANIK

BLOG

23歳ニートから独学でグラフィックデザイナーになるまでに歩んだ僕の進路5つ

お金がなくても、自分次第で道は切り開ける!

 

実際の経験を踏まえて、僕はそう思います。

 

今からデザイナーを目指す人は、グラフィックデザイン系のお仕事に就く方法として

 

  1. 1.グラフィックデザインのスクールに通ってスキルを磨く。
  2. 2.独学でグラフィックデザインのスキルを身につける。

 

のいずれかを選ぶと思います。

 

実際に僕は独学でグラフィックデザインのスキルを身につけ、現在もグラフィックデザインのお仕事にたずさわっています。

 

今日は僕がどうやってグラフィックデザイナーになれたのかご紹介したいと思います。

 

これからの進路に少しでもお役に立てれば幸いです。

 

1. 23歳 脱サラからニートへ

脱サラからニートへ

福岡の4年生大学を卒業後、新卒で通信系の会社にさらっと就職しました。

 

大量採用だったので、就職活動を始めて2社目であっけなく内定。

 

どこにでもいる普通の学生でした。

 

しかし入社して1年後、社長の経営の悪さが明るみになり、会社が傾きます。

 

ある日、会社に行くと警備員がたくさん。

 

恐る恐る自分の席につくと、部長から一言。

 

「自己破産を申請しました」

 

事実上の倒産ってやつです。

 

その後、すぐに自主退社を募りだしたので、見切りを付けて、即退社。

 

23歳の秋でした。

 

 

2. 北海道のペンションで働く

北海道

仕事を辞めたのはいいものの、次にやる事も特に決めていませんでした。

 

とりあえず実家に帰り、TSUTAYAに入り浸る毎日。

 

当時はプリズンブレイクという囚人が脱獄するまでのストーリーを描いた海外のドラマがブームだった為、終日部屋に篭りDVD鑑賞。

 

廃人コースまっしぐらでした。

 

このままじゃいかんやろ!と思い、とりあえず当時はまっていたスノーボードでもしよう思い、いざ北海道へ。

 

両親に激しく罵声を浴びせられながら、なけなしの20万円を握りしめ、北の大地へ旅立ちました。

 

住み込みで働ける場所を、知り合いの旅人に紹介してもらえたので、北海道に到着した翌日からペンションのフロント業務。

 

朝は屋根の雪かき。

 

野良キツネが近所をフラフラ散歩。

 

のほほんとした毎日。

 

楽しかった。

 

日本人よりオーストラリア人が多い地域で、4ヶ月生活を送りました。

 

 

3. 現実の世界へ舞い戻る

春の陽気

ノンストレスな4ヶ月の生活を終え、世間はすっかり春の陽気。

 

何のあてもなく、とりあえず福岡の実家に帰ってきました。

 

北海道で少し貯金ができたので、一人暮らしをするためすぐに家をかりました。

 

それから昼はテレアポ、夜は居酒屋とバーで働くことに。

 

当時は生活が不規則すぎて、仕事中に倒れて近所の病院で点滴を打ったことも。

 

体を大事にしようと思った24歳の春でした。

 

 

4. グラフィックデザイン系の会社に転職(アルバイト)

デザイン系の会社

半年ぐらいして昼間のテレアポの仕事を辞めて、事務の会社に転職することに。

 

テレアポって1日中電話番号のリストを見ながら、同じ人に何回も電話をかける仕事なので、精神的に病んでしまう人が多いんです。

 

僕もその中の1人。

 

見た目によらず、メンタル弱いんです。

 

すがる思いで始めた事務のバイトだったんですけど、たまたまグラフィックデザインの仕事もやってる会社だったんです。

 

それからグラフィックデザインの世界へ、少しずつ足を踏み入れるようになりました。

 

当時、グラフィックデザイン系の専門学校に通おうと思ったんですけど、学費がめっちゃ高くて払えないなって。

 

先輩からのアドバイスもあり、よし!独学でグラフィックデザインを勉強しよう!と思ったんです。

 

まずはグラフィックデザインの製作環境を自宅で整えることから始めました。

 

学生の知り合いから学生証をかりて、電気屋さんでグラフィックデザイン系のソフトを学生価格で購入。

 

一般価格と学生価格ってびっくりするぐらい値段が違うんです。

 

当時で学生価格で10万ぐらいだったと思います。

 

普通に買ったら20万ぐらい。

 

ひどい価格設定ですよね。

※2016/04現在は、ライセンス契約で月額の固定費のみで使用できるようになっています。

 

独学を始めて一番最初にやった事。

 

それは、インターネットで簡単なhtmlのサイトを見つけて、参考書片手になるべく同じ見た目になるように作るという作業。

 

分からない部分は、職場の先輩に教えてもらってました。

 

ちなみに基本的なhtmlについてはこちらの記事に以前まとめたので参考にしてください。

 

 

5. いざ制作部へ

制作部へ

1年ぐらいたってから、人事担当の方に「グラフィックデザインの仕事がしたいんです」って相談しました。

 

ただ、グラフィックデザインの仕事となると誰でもって訳にはいかないので、Webバナー作成の試験をうけました。

 

7個ぐらいのWebバナーを夜中まで作っていたような気がします。

 

あんなに一生懸命Webバナー作りに没頭したのは、後にも先にもあの時だけかも(笑)

 

なんとか試験をクリアして、おかげさまで今も同じ職場で働かせていただいています。

 

 

まとめ

いかがでしたか?

 

今日は僕がグラフィックデザイナーになるまでの経緯をご紹介しました。

 

思い返すといろんな仕事してきたなぁ〜って感じです。

 

これからも人生経験豊かな深みのあるグラフィックデザイナーを目指していきたいと思います。

 

これからグラフィックデザインを独学しようって人は、あせらずにじっくりスキルを積み重ねていきましょう。

 

結果は必ず後からついてくるので。

 

でわ。

ANIK
1983年生まれ。 独学でデザインを学び、福岡の広告代理店で10年間デザイン業務に携わる。 ホームページ、広告バナー、名刺、商品パッケージ、看板、各種販促ツールのデザインを担当。 2017年よりANIKという屋号でブランディングの総合的なサポートをメインに個人活動を開始。 性格は真面目、温厚で自然が大好きです。